Microsoft Agent Hackathon 2026で何が示されたか
本ハッカソンは、クラスメソッド株式会社、東京エレクトロンデバイス株式会社、日本マイクロソフト株式会社が協力する3者体制で実施されました。Azure AIを対象とした企業対抗・個人対抗の本格ハッカソンとしては、今回が初開催です。
開催の概要は以下のとおりです。
項目 | 内容 |
|---|---|
正式名称 | Microsoft Agent Hackathon powered by Tokyo Electron Device |
開催期間 | 2026年4月7日〜6月18日(開発期間: 4月6日〜5月25日) |
決勝ピッチ・表彰式 | 2026年6月18日(日本マイクロソフト 品川本社) |
テーマ | 業務改革につながるAgentic AIを作ろう |
主催 | クラスメソッド株式会社 |
協賛 | 東京エレクトロン デバイス株式会社 |
協力 | 日本マイクロソフト株式会社 |
エントリー総数 | 約50〜60企画 |
ファイナリスト | 10チーム(個人部門5、企業部門5) |
個人部門賞金 | 総額120万円 |
約50〜60の企画から10チームに絞り込まれた最終ピッチで、1チームあたり5分のピッチ時間が与えられ、企業部門・個人部門それぞれで受賞チームが選ばれました。賞名は GRAND PRIZE(最優秀賞)/ EXCELLENCE AWARD(優秀賞)/ SPECIAL AWARD(特別賞)が用意されています。
審査員は、AzureとAIエージェントの最前線に立つ6名で構成されました。
- 岡嵜 禎(日本マイクロソフト株式会社 執行役員 常務 クラウド&AIソリューション事業本部長)
- 畠山 大有(日本マイクロソフト株式会社 Microsoft Innovation Hub Solution Engineer 兼 Evangelist)
- ギーク フジワラ(日本マイクロソフト株式会社 Microsoft Innovation Hub Solution Engineer 兼 Evangelist)
- 西脇 章彦(東京エレクトロンデバイス株式会社 クラウドIoTカンパニー Vice President)
- 茂出木 裕也(東京エレクトロンデバイス株式会社 クラウドIoTカンパニー エッジクラウドソリューション部 クラウドソリューションアーキテクト)
- 筧 剛彰(クラスメソッド株式会社 AI事業本部 ソリューションチーム マネージャー)
審査員紹介 — 6名
審査員は、MicrosoftのAI戦略を語る立場、Azureを実装するパートナーの視点、そしてコミュニティで多くの開発者と接する立場と、AIエージェントの「戦略・実装・コミュニティ」それぞれの背景を持つメンバーが集まり、審査を実施いたしました(詳細は後述します)。
「業務改革につながるAgentic AI」というテーマ
本ハッカソンのテーマは「業務改革につながるAgentic AIを作ろう」というものでした。生成AIが情報収集や文書作成といった用途にとどまらず、業務プロセスそのものに踏み込むエージェントへと進化していく時期に、Azure AIを使った具体的な実装を求めるテーマ設定です。
エントリー約50〜60企画から選ばれた10チームの内訳は、個人部門で最優秀賞1・優秀賞1・特別賞1・奨励賞2、企業部門で最優秀賞1・優秀賞1・奨励賞3でした。
最優秀賞を獲得した2チームの中身
ここからは個人部門・企業部門それぞれの最優秀賞(GRAND PRIZE)を獲得した2チームのプロジェクトと、受賞者本人のインタビュー内容を紹介します。
個人部門最優秀賞: Agentic Gig-Flow(吉川 真瑛 氏)
業務発注から記帳までの一連のフローを、Azure上のエージェントが横断的に処理するプロジェクトです。主テーマは、「月末締めではなく、タスクごとの即時送金」という、業務モデルそのものを変えるアプローチにあります。ピッチでも「価値は『何時間働いたか』ではなく、『何を完了させたか』で測られていく」「働いた瞬間に、円が動く」というビジョンが掲げられました。
中核となるのは、Microsoft Foundryを用いるContract、Review、Bookkeepingと、LLMを使わず送金を実行するSettlementの4エージェント連携です。
- Contract:発注を構造化してIssue化する
- Review:diffを根拠として引用しながら検収する
- Bookkeeping:仕訳・源泉徴収・支払調書を処理する
- Settlement:LLMを介さず、決定的なコードでJPYCを送金する
このうち送金処理だけはLLMを使わず決定的なコードで実行し、Polygonネットワーク上のJPYC(日本円ステーブルコイン)で円建ての即時送金を行います。
主な基盤は、Microsoft Entra IDによるテナント分離、Azure Functions、Azure Cosmos DB、Azure Container Apps、Microsoft Fabric(Azure Cosmos DBのミラーリング + Fabric data agent)、Power BI、Azure Key Vaultなどで構成されています。
Agentic Gig-Flow ビジョンスライド「働いた瞬間に、円が動く」
吉川氏インタビュー: AI自律とコード実行の境界線
開発した吉川氏は、今回がAzure初挑戦でした。出発点は自身の副業体験で、「契約をして納品しても半年後に振り込まれる」「本当に振り込まれるのかな」という不安を、タスク完了で即時送金されるエージェントとして形にしたといいます。
開発の最大の課題は、AIに任せる範囲とコードで実行する範囲の線引きでした。「全てをAIに任せると暴走する不安があった」と語り、特に金銭が絡む業務では責任分界の設計が中心論点になります。初めて触れたAzureについては、「AWSやGCPと仕様は全然違うが、意外と使いやすかった」と振り返ります。
Agentic Gig-Flow 個人最優秀賞(GRAND PRIZE)受賞 — 吉川 真瑛 氏
企業部門最優秀賞: 越見波(エツミナミ)エージェント(チーム: Data Impact株式会社)
半導体製造の異常検知エージェントです。「データの波を越え、故障の先を見通す(Cross the wave of data, foresee the failure.)」を掲げ、AIが自ら「見つけ・診断し・動く」自律型の保全エージェントとして位置づけられています。開発主体はData Impact Delivery Team(株式会社ヘッドウォータース グループ)、西間木 将矢氏ほかベトナム拠点メンバーを含むチームです。
技術的には教師なし学習を採用し、ラベル整備コストを抑えつつロボットセンサーデータのウィンドウ処理(Window 32 / Stride 8 / Overlap 24 steps)で異常を検知。Databricksの分析基盤上で、Signal LayerとProduct側の検証ステップを分ける2層設計にHuman-in-the-Loopの承認フローを組み合わせ、誤判定の影響が大きい半導体製造現場でも運用できる設計が企業部門最優秀の評価につながりました。
越見波(エツミナミ)エージェント ソリューションスライド — ROBOT SENSOR DATA WINDOWING
Data Impact チームインタビュー: アイデアからモデル精度までの試行錯誤
代表者は日本でベトナム拠点のチームを率いており、「日本でベトナムチームの代表として戦って、結果が残せて嬉しい」と振り返りました。開発の苦労として強調されたのは、アイデア設計からモデル精度までの試行錯誤です。「データにノイズが入って、モデルがうまくいかない、精度が低い」という壁に何度も当たりながら、教師なし学習で現場データに耐える精度まで引き上げる工夫を積み重ねたといいます。
ハッカソン段階で既にPoCは完了し、本番開発フェーズに入っているとのことです。「他の工場、他のロボットに横展開していきたい」と語り、半導体製造現場でのさらなる横展開を見据えています。
企業部門最優秀賞(GRAND PRIZE)受賞 — 越見波チーム
その他のファイナリスト8チームのプロジェクト
ここからは、最優秀賞の2チームに続くファイナリスト8チームのプロジェクトを、概要を中心にご紹介します。
個人部門
優秀賞(EXCELLENCE AWARD): foogent(フージェント)(チーム: AINOK_AI木曜会)
食品受注業務の自動化エージェント。発注者の行動を変えず、メール・LINE・電話の既存チャネルはそのままに、Azure Container Apps上の4種マルチエージェント(注文受付/在庫照合/異常検知/返信作成)が裏側で受注情報を構造化します。
foogent アーキテクチャ図 — Container Apps + AI基盤 + データ層 + Entra ID
foogent 個人優秀賞(EXCELLENCE AWARD)受賞
特別賞(SPECIAL AWARD): EdgeOps-Command-Agent
製造業の現場保全エージェント「異常検知で終わらせない現場保全AIエージェント」。申告を待たず、生の振動・温度・音響データ(Signal側:モーター波形とFFTによる周波数解析)と写真(Vision側:部位ごとに領域・深刻度・確信度を返すモデル)の二系統から自動で立ち上がる設計です。 Semantic Kernel、Azure OpenAIのVision対応モデル、Azure Event Hubs、Azure Blob Storage、Azure Cosmos DB、Azure AI Searchを用いたRAGで構成されます。
EdgeOps-Command-Agent「生データを読む、2つの目」スライド — Signal(モーター波形+FFT)+ Vision(部位ごとに領域・深刻度・確信度)
奨励賞: triage-console(チーム: 先進工学部電子システム工学科)
学生チームによる出場。製造業の計画外停止に対し、製造ラインの異常を仕分けて対応の優先順位を提案する「トリアージ」エージェントを組み立てました。
奨励賞: Arista cEOS Sentinel
自然言語1文でネットワーク機器を操作・運用するA2A(Agent-to-Agent)プラットフォーム。Microsoft Agent FrameworkとA2Aプロトコルを組み合わせた構成で、AIは設定案の生成・要約・検証支援を担い、最終承認と適用判断は人間が行います。
Arista cEOS 4.36.0Fでの実機検証済みで、A2Aでベンダーごとに専用エージェントを追加するマルチベンダー対応戦略が示されました。
企業部門
優秀賞(EXCELLENCE AWARD): Genba Live Agent(チーム: 株式会社フォトラクション)
建設現場のコンクリート打設前鉄筋検査を支援するエージェント。「AIが答える現場確認から、AIが進める現場確認へ」を掲げ、図面・写真・チェックリストを7体の専門AIエージェントが突合し、Coverage/Grounding/Actionabilityなどの品質指標とLive Workspace Agent(Meta-Orchestrator)で出力品質を確認します。受動的なQ&Aではなく、能動的に次のステップを提案する設計です。
Genba Live Agent 企業優秀賞(EXCELLENCE AWARD)受賞 — 株式会社フォトラクション
奨励賞: 事故報お任せグッジョくん(チーム: イオンディライトAD研究所(イオンディライト株式会社))
商業施設における事件・事故対応の自動化エージェント。事故概要入力から、画像候補の取得、AIによる画像評価、事故報告書ドラフト生成、人間による確認・修正・確定までが実装されています。防犯カメラ映像からのフレーム抽出は、今後の拡張として構想されています。
奨励賞: IssueWeaver(チーム: KICONIAWORKS(株式会社KICONIA WORKS))
「流れて消える議論をGitHub Issueと仕様書に織り上げるAIエージェント」。SlackやGoogle Meetの議事録、GitHub上のIssueや仕様書変更を取り込み、提案・議論をIssue登録や仕様書更新に織り上げます。さらにタスク分解とPull Request提出までカバーします。承認された提案のみGitHubに反映するHuman-in-the-Loop設計、Azureサーバーレス構成とGitHub Actionsによるデプロイです。
奨励賞: Patent Prior-Art Check(特許 先行技術調査アシスタント)(チーム: KIRIKO.tech株式会社)
「Azureで『機密の壁』を越える」をコンセプトに、閉域利用を見据えた特許調査エージェントです。ハッカソン段階ではAzureクラウド側で動くPoCとして実装され、J-PlatPat向けの検索式を生成して人間が確認・調整する設計です。設計の肝は「AIに法的判断をさせない」ことに置かれており、情報収集・整理はAIが担い、法的判断は弁理士・専門家に委ねる役割分担です。今後はAzure LocalとAzure Arcを組み合わせたオンプレミス/エッジ側への切り出しも視野に入れています。
審査員から見た「次に来るAIエージェント」
10チームのピッチを経て、審査員からは「業務に踏み込んだAgentic AI」の現在地を語るコメントが寄せられました。ここでは、岡嵜・西脇両氏による部門総評を中心に紹介します。
個人部門総評 ─ 岡嵜 氏(日本マイクロソフト)
岡嵜氏は個人部門の総評として、生成AIの使われ方が大きく変わってきたという観察を述べました。
「個人・法人にきれいな線引きがないほど、業務に踏み込んだ内容が多くありました。共通点として印象的だったのは、生成AIの使い方が情報収集中心から、意思決定・アクションへと広がっていることです。皆さんが業務のさらに次の一歩まで踏み込んだ事例がとても多かった。技術よりも、自分たちのビジネス課題をどう解決できるかという観点が中心にあったと感じます」と語られました。
企業部門総評 ─ 西脇 氏(東京エレクトロンデバイス)
西脇氏は、企業部門の審査が僅差であったことに触れたうえで、出場プロジェクト全体の質の高さに言及しました。
「企業部門の審査はかなり僅差でした。それだけ参加者の皆さまが、ご自身の知識や課題と真摯に向き合っていらっしゃると感じます。すぐにでもビジネスになりそうなものも多かったですね。AIエージェントはこれからのビジネスです。今回をきっかけに、今後の社会実装を進めていく上で、大きなビジネスに繋がるアイデアがたくさん出てきた回でした」AIエージェントが実験段階の技術ではなく、事業として実装する段階に入りつつあること、その手応えが語られました。
【運営インタビュー】第1回ハッカソンを振り返って ── 運営3社が語る手応えと今後
決勝ピッチおよび表彰式の後、本ハッカソンを運営した3社(主催: クラスメソッド/協賛: 東京エレクトロン デバイス/協力: 日本マイクロソフト)のご担当者に、お話を伺いました。「業務改革につながるAgentic AI」というテーマで募集された本ハッカソン。終わってみての印象、開催に至った背景、そして今後の展望まで、3社それぞれの立場から語っていただきました。
3社関係者インタビュー:クラスメソッド株式会社 小山 氏、東京エレクトロンデバイス株式会社 野崎 氏、日本マイクロソフト株式会社 織田 氏
【取り組みの印象】「業務が根っこにあるもの」が多く届いた
──ハッカソンが終わってみての印象を教えていただけますか?
小山氏(クラスメソッド)「今回は『Azureを使って業務改革ができるエージェント』というテーマで募集をしたので、届いたプロジェクトは『業務が根っこにあるもの』という印象でした。最優秀になった個人部門のプロジェクトのように、業務発注を根こそぎ変革するようなもの を提示してくれた。それだけ日本のエンジニアの熱意がマグマのように存在していると思います。東京エレクトロンデバイスさんとマイクロソフトさんと組んで、こういった形で結実できて、本当に良かった。感無量です」
織田 氏(日本マイクロソフト)「エージェントと言われるものが世の中に出て1年ちょっと経ちますが、まだどちらかというと『個人個人が楽しむもの』として捉えられていた側面がありました。今回は企業部門だけでなく個人部門のプロジェクトを見ても、より具体的な業務変革に合わせたものが出てきていた。改めて、このエージェントが本当に日本の社会や、企業の業務を変革するテクノロジーになってきたという実感を得ました」
【今後への意思】「3年・4年続けて、やっと時代が変わってくる」
──今後への展望を教えていただけますか?
野崎氏(東京エレクトロン デバイス)「裾野のエンジニアの方が『Azureを使いたい』『Azure AIを使いたい』と思っていただける状態を、短期間ではなく長期にかけて作っていきたい、というところです。1回でそんなにAzureのエンジニアが増えるとは思っていなくて、本当に 3年・4年続けていくことで、やっと状況が変わってきたかなと思える時代が来ると思っているので、そこを目指していきたい。この活動は毎年継続していきたいと思っています」
「Microsoft Agent Hackathon powered by Tokyo Electron Device」は今回が 第1回 の位置づけです。これからAzureを触ってみたいエンジニアの方、業務にAIエージェントを組み込みたい企業の方は、ぜひ次回以降のMicrosoft Agent Hackathonへの参加を検討してみてください。
東京エレクトロン デバイスでは、AzureでのAI活用やAIエージェント基盤の設計・構築等をサポートしています。




