Microsoft IQがBuild 2026で示した「コンテキストの委譲」設計
Microsoft Build 2026では、AIエージェントに組織のコンテキストを与えるための共通基盤として、Microsoft IQが4つの文脈レイヤーとして示されました。企業がAIエージェントを業務に組み込む際は、モデルの性能だけでなく、社内文書、業務データ、Microsoft 365上の作業文脈、外部Web情報をどの境界で参照させるかが重要になります。
これまでFoundry IQ・Fabric IQ・Work IQの3層で説明されていたMicrosoft IQに、外部Webからの文脈を扱うWeb IQが加わり、4本立て体制として提示されています。Microsoft IQ本体はBuild 2026のタイミングで、GitHub Copilot、Microsoft Foundry、Copilot Studioを横断する形で一般提供が始まっています。
Microsoft IQは、エージェントが必要とするコンテキスト管理を外部に切り出し、4つの専門領域に分けて扱う仕組みです。エージェントが各層に質問を委譲することで、複数のエージェントから同じコンテキスト基盤を再利用できる構成になります。Build 2026では、エージェント自体にすべての知識を抱え込ませるのではなく、業務文脈を専門の層に委ねる設計が、Microsoft IQの中核メッセージとして示されました。
Microsoft IQの4つの層
Build 2026で4層として示された各IQの役割は以下のとおりです。
層 | 提供するコンテキスト | 主な基盤 |
|---|---|---|
Foundry IQ | 組織のポリシーや権威ある文書(エンタープライズナレッジ) | Microsoft Foundry、Azure AI Search |
Fabric IQ | ビジネスエンティティとデータ(業務データの意味) | Microsoft Fabric、OneLake |
Work IQ | 従業員の働き方や業務文脈(メール・会議・チャット等) | Microsoft 365 |
Web IQ | 外部Webからの文脈 | Bingインデックスを基盤としたAIネイティブAPI |
この表からわかるとおり、4つの層はそれぞれ「組織内ナレッジ」「業務データ」「人と業務の動き」「外部Web」という異なる種類のコンテキストを担っています。エージェント開発時には、解きたい業務課題に応じてどの層を呼び出すかを設計することになります。
各層は独立して使うことも、組み合わせて使うこともできる設計です。たとえば、社内ナレッジ検索だけならFoundry IQ単体で十分なケースもあれば、業務指標の分析にメールや会議の文脈を組み合わせる場合は、Fabric IQとWork IQを併用する構成が求められます。
Foundry IQ:一部機能の一般提供とAgentic Retrievalの改善

Foundry IQの概念図 引用:Microsoft
Foundry IQは、Build 2026のタイミングで一部機能の一般提供(GA)が始まりました。Build 2026での主な変化は、Foundry IQを単なるナレッジ検索ではなく、エージェント向けのコンテキスト基盤として強化している点です。
その中核がAgentic Retrievalです。複雑な質問を複数のサブクエリに分解し、関連するナレッジソースを並列に検索します。取得結果はセマンティックに再ランクされ、統合的な応答としてエージェントに返される仕組みです。

Agentic Retrievalのアーキテクチャ 引用:Microsoft
本番ワークロードでは、まずGA APIで利用できる範囲を前提に設計し、プレビュー機能はパイロット検証で扱う進め方が安全です。Agentic Retrievalの推論努力(Retrieval Reasoning Effort)や接続できるナレッジソースの詳細は、公式ドキュメントで仕様を確認してください。
企業導入時に見るべき差分は、Search Service REST APIのバージョン選択と、Microsoft Foundryポータル・Azureポータル経由の操作がまだプレビュー扱いである点です。GA範囲は2026-04-01のREST APIに紐づくため、本番運用に組み込む際は事前にこのAPIバージョンで動作確認を行うのが安全です。
Fabric IQ:Multi-Agent WorkflowとFoundry Agent Service接続

Fabric IQのフレームワーク 引用:Microsoft
Fabric IQ本体は、Build 2026のタイミングで共有コンテキスト層として、Microsoft Fabric内のワークロードに整備されました。AIエージェントとリアルタイムインテリジェンスの両方から、同じセマンティック定義を参照できる位置づけです。詳細は次の公式ブログで公開されています。
- Fabric IQ: The shared context layer for AI agents and real-time intelligence
- Microsoft Build 2026: Building agentic apps with Microsoft Fabric and Microsoft Databases
Build 2026での主な変化は、Multi-Agent WorkflowからFabric IQを呼び出せるようになった点です。計画担当エージェントや要約担当エージェントが自然言語で問い合わせると、Fabric IQがオントロジーを介して構造化クエリに変換します。
エージェント側にテーブル構造やクエリ言語を覚えさせる必要がなく、データ層への依存をFabric IQに切り出せます。エージェント実装の保守性が高まる構成です。
Foundry Agent Service側からは、Fabric IQをサーバーサイドツールとして登録する経路がプレビューとして提供されています。
接続時はサインインユーザーの文脈でFabricのアクセス権限とガバナンスポリシーが尊重されるため、既存のFabric権限設計を起点にエージェント連携を検討できます。Multi-Agent WorkflowからFabric IQを呼び出す経路が公式に整備された点が、Build 2026におけるFabric IQ周辺の主な変化です。
企業導入時に見るべき差分は、Fabric IQ本体はGAとしてMicrosoft Fabricの共有コンテキスト層に組み込まれた一方で、Foundry Agent Serviceからのツール連携などはプレビュー扱いという点と、Fabric側で既に整備されているアクセス権限・ガバナンスを起点に設計できる点です。
本番運用としては、Fabric Data WarehouseやOneLakeの権限境界を前提に、エージェント側でどの業務データを参照させるかを整理する必要があります。ただし、Fabric容量の消費・対応リージョン・社内コンプライアンス要件は事前に確認する必要があります。
Work IQ APIs:2026年6月16日の一般提供予定
Build 2026では、Microsoft 365 Copilotの拡張APIであるWork IQ APIsが発表されました。2026年6月16日に一般提供(GA)される予定で、GA前の期間はGitHubで公開プレビューとして提供されています。
一方、Foundry Agent ServiceからWork IQに接続するツールは現時点でプレビュー扱いです。本番ワークロードに組み込む場合は、ライセンス・Microsoft Entra IDの同意・権限設計を事前に確認しておく必要があります。
Build 2026での重要な変化は、Foundry AgentからWork IQを呼び出せるようになった点です。Foundryエージェントは、自然言語のままWork IQにタスクを委譲できます。Microsoft 365テナント側にあるメール・会議・チャット・ファイルといった業務文脈を、エージェント基盤側のコンテキストとして扱える設計です。
認証はOn-Behalf-Of(OBO)方式で行われます。エージェントが返す内容は、サインインユーザーが本来アクセスできる範囲に制限されます。

Work IQ APIsのアーキテクチャ 引用:Microsoft
Work IQ APIsは、Chat / Context / Tools / Workspacesの4つのドメインで構成されます。Microsoft内部テストでは、応答速度の改善と最大80%のトークン削減効果が示されています。各ドメインの詳細仕様や性能改善の数値、セマンティックインデックスの仕組みは、Microsoft 365 Blogの公式発表とWork IQ APIsドキュメントで確認できます。
企業導入時に見るべき差分は、Microsoft 365 Copilotライセンスを前提とする点と、On-Behalf-Of(OBO)認証によりサインインユーザーの権限境界が継承される点です。
Foundryエージェントから呼び出す場合でも、機密ラベルや条件付きアクセスなど既存のMicrosoft 365側の統制を前提にできますが、エージェントに委譲するタスク範囲、同意フロー、監査対象は別途設計する必要があります。
Web IQ:AIシステム向けの新しい検索エンジン

Web IQのアーキテクチャ 引用:Microsoft
Web IQは、Build 2026で発表された4つ目のIQです。Announcing Microsoft Web IQでは「AIシステム向けの検索エンジン」として、Bingのグローバルインデックスを基盤としたAIネイティブなグラウンディングAPIスイートとして紹介されました。
2026年6月時点では限定アクセスで提供されており、利用には申請が必要です。返却される情報は単なるドキュメントではなく、AIエージェントが扱いやすいパッセージと構造化された証拠オブジェクトになっている点が、エージェント向けに再設計されたWeb IQの特徴です。
Web IQの役割は、エージェントが外部Webからの最新情報や市況、規制動向などを参照する経路を、Microsoft IQの4つ目の層として用意することです。Microsoft Foundry Agent Serviceなどで提供されてきたWeb SearchやGrounding with Bing Searchに加わる形で、AIネイティブなWebグラウンディングを担います。
Model Context Protocol(MCP)にネイティブ対応し、モデル非依存で扱える設計、パブリッシャー側のプリファレンス反映、AIエージェント向けのパッセージと証拠オブジェクトといった特徴が、エージェント向けに再設計された層としてのWeb IQの位置付けです。Web IQの詳細仕様や料金、対応APIは、今後も公式ドキュメントで確認する必要があります。
企業導入時に見るべき差分は、Web IQが2026年6月時点で限定アクセスとして提供されており、利用には申請が必要な点です。本番への組み込みは、申請の通過状況とAPIの仕様確定を待つ前提になります。
4 IQsを連携させる:Multi-Agent Workflowと権限境界
Microsoft IQの4層は、それぞれ独立して使うこともできますが、複数の層を組み合わせることで真価を発揮します。エージェントが受け取る質問の種類に応じて、どのIQを呼び出すかを設計することになります。
質問の種類による使い分け
エージェントが受け取る質問の種類別に、呼び出すIQを整理すると以下の表になります。
質問の種類 | 主に呼び出すIQ |
|---|---|
社内ポリシーや規程に関する質問 | Foundry IQ |
業務指標や売上などのデータ分析 | Fabric IQ |
自分の業務状況やメール・会議に関する質問 | Work IQ |
業界動向や最新ニュースに関する質問 | Web IQ |
こうして並べてみると、4つの層は質問の性質によって明確に役割分担されているのが見えてきます。営業担当者が「先月の上位顧客と、その顧客向けの提案資料の最新版を確認したい」と尋ねるような問い合わせでは、Fabric IQから売上データを、Foundry IQから提案資料を、Work IQから過去のメールやり取りを組み合わせて回答することになります。
さらに業務によっては、3〜4層をまたぐ複合的な問い合わせが発生します。たとえばカスタマーサポート担当者が「今朝届いた問い合わせに、過去の類似トラブル対応マニュアルと、最新の製品仕様情報をつけて返信したい」と求めるケースです。
このとき、4 IQsはそれぞれ次の役割を担います。Work IQが問い合わせメールと顧客対応履歴を取得し、Foundry IQが過去のトラブル対応マニュアルを引き出します。Fabric IQが顧客の契約状況や購入製品を確認し、Web IQが外部公開された製品仕様の更新情報をあわせて返す構成です。各IQの責務が分離されているからこそ、こうした複合的なクエリも管理可能な形で扱える設計になります。
Multi-Agent Workflowでの4 IQs連携
Build 2026の関連セッションでは、計画・検索・要約・実行といった役割ごとに特化したエージェントが連携するMulti-Agent Workflowのパターンも示されました。計画担当エージェントが質問を分解し、検索担当エージェントがFoundry IQやFabric IQを呼び出し、要約担当エージェントが応答をまとめ、実行担当エージェントがWork IQのToolsドメインで実際の操作を行うといった構成です。
Multi-Agent Workflowの基盤としては、Microsoft Foundry Agent ServiceやMicrosoft Agent Frameworkが想定されます。各エージェントが必要な層のIQだけを呼ぶ形に整理することで、コンテキスト管理の責務をエージェント外部に切り出し、保守性と再利用性を高められます。
Foundry IQ単独でも、ナレッジベースをFoundry Agent Serviceから呼び出す手順が公式ドキュメントで詳しく解説されています。
エージェント単位での責務分割は、保守性だけでなく、評価とデバッグの容易性も高めます。計画担当エージェントの判定ロジックを改修したい場合に、検索や要約のエージェントに影響を与えずに独立して更新できる構成は、本番運用での継続改善を進めやすくします。
4層それぞれの権限モデル
Microsoft IQの4つの層は、それぞれ独自の権限モデルを備えています。
層 | 権限モデルの主な要素 |
|---|---|
Foundry IQ | Microsoft Entra IDによるユーザー単位の権限、ナレッジソースのACL同期、 Microsoft Purviewの機密ラベル尊重 |
Fabric IQ | Fabricの権限とガバナンスポリシーを尊重 |
Work IQ | Microsoft 365の権限、機密ラベル、テナント境界、On-Behalf-Of(OBO)認証 |
Web IQ | 外部Webへのアクセスは原則オープン、利用APIに応じた利用規約を確認 |
4層の権限モデルは、それぞれ独自に動作する設計です。特にWeb IQは外部Webへの参照を担うため、Microsoft 365テナントやFabricワークスペースのようなユーザー権限モデルとは別軸で、利用APIの規約と公開範囲を確認する位置付けになります。エージェント開発時には、これら4層の権限境界を横断する形で、どのユーザーがどの組み合わせでどこまで情報を取得・操作できるかを設計する必要があります。
特に注意したいのが、Foundry IQで利用するナレッジソースごとの権限制御です。SharePointのリモートナレッジソースについては、Copilot Retrieval API経由でACLとMicrosoft Purview機密ラベルがそのまま有効になります。Microsoft 365 CopilotライセンスがエンドユーザーのSharePointナレッジソース利用の前提となる点も、本番運用時には押さえておきたい論点です。
Agent 365によるコントロールプレーン
Build 2026では、4 IQsを統制するコントロールプレーンとして、Microsoft Agent 365が繰り返し言及されました。Agent 365は2026年5月にGAしており、エージェント単位での識別(identity)、観測性(observability)、評価(evaluations)を組織横断で提供します。
エージェントの利用状況、IQ層との接続関係、リスクシグナルを把握できる仕組みが整っており、エンタープライズ環境では、4層それぞれの権限モデルに加えて、Agent 365による統合的な統制を組み合わせるのが本番運用の基本構成です。
業務単位での権限設計の重要性
4 IQsを活用するエージェントの権限設計は、技術的な機能の理解だけでなく、業務単位での運用ポリシー設計が中心になります。どの業務のためのエージェントが、どのIQから何を取得して、どのユーザーの代理として動くかを業務単位で定義し、その定義をIQ層の権限モデルに落とし込む流れになります。
たとえば、営業担当者向けのエージェントが「先月の上位顧客と関連メール、外部市況」を扱う場合を考えてみます。3層それぞれで、次のような権限制御が必要になります。
- Fabric IQから売上データを取得する権限を、担当者の営業所単位に絞り込む
- Work IQから取得するメールを、本人と関係者の権限範囲に限定する
- Web IQで参照する外部Webを、社外公開情報のみに制限する
これらをAgent 365側の観測・統制と、各IQ側の権限設定と組み合わせて設計します。業務単位のガバナンスを保ったままエージェントを運用できる構成です。
新規導入時には、まず1業務に対して1エージェントの構成から始め、権限境界が想定どおり機能するかを検証したうえで、横展開を進める方法が安全です。最初からマルチエージェント・マルチIQの構成を組むよりも、1層ずつ確実に運用に乗せていく方が、想定外のデータ露出や運用負担を避けやすくなります。
プレビュー段階の機能を本番に組み込む際は、機能仕様の変更可能性も考慮する必要があるため、運用ドキュメントを継続的にメンテナンスする体制も併せて整備しておくとよいでしょう。
領域別に見るMicrosoft IQの効果領域
4 IQsを業務エージェントに組み込む際は、自社の状況と既存のMicrosoft投資を起点に、必要な層から段階的に組み合わせるのが基本となります。
すでにMicrosoft 365 Copilotを導入している企業はWork IQから、Microsoft Fabricでデータ基盤を構築済みの企業はFabric IQから、社内ナレッジ検索の刷新を検討している企業はFoundry IQから着手するパターンが想定されます。
代表的な適用領域
業種ごとに、Microsoft IQが効果を発揮しやすい業務領域は次のように整理できます。
業種 | 効果が出やすい業務領域 | 主に活用するIQ |
|---|---|---|
半導体製造装置 | 装置仕様の社内ナレッジ検索、装置データの分析、出荷スケジュール管理 | Foundry IQ、Fabric IQ |
電子部品 | 検査ライン品質データの集計、サプライヤー対応履歴の参照 | Fabric IQ、Work IQ |
FA・制御系 | 設備異常検知のリアルタイム監視、現場と保守部門の連携 | Fabric IQ(Operations Agent)、Work IQ |
一般業務 | 営業活動の業務状況確認、社内規程の問い合わせ対応 | Work IQ、Foundry IQ |
いずれの業種でも、まずは1〜2層から導入し、業務効果が見えた段階で他のIQを追加するアプローチが有効です。
最終的に4層すべてを使う形に到達する場合でも、ガバナンスや権限境界の設計が並行して必要になるため、Agent 365の整備とあわせて計画を進めるとよいでしょう。
Build 2026以降の動きの追い方
Microsoft IQの各層は、今後も継続的に更新されることが想定されます。Web IQの詳細仕様、Fabric IQのツール連携やOntology・Creator Agentなどプレビュー機能のGA化、Work IQ APIsの拡張ドメインなど、今後の更新はMicrosoft Learn、Microsoft公式ブログ、Build関連発表で確認する必要があります。
実務での設計では、ここまで個別に解説したIQ層と業種別のパターンを、横断的に組み合わせて検討するとよいでしょう。技術選定とガバナンス設計を並行して進めることが、4 IQs時代のエージェント運用では特に重要となります。
まとめ
本記事では、Microsoft Build 2026で発表されたMicrosoft IQの最新動向について、4 IQs(Foundry IQ・Fabric IQ・Work IQ・Web IQ)の注目発表、4層の連携設計、業務エージェントに組み込む際のポイントまでを解説しました。
Microsoft IQは、Build 2026で4本立て体制として示され、AIエージェントが組織のコンテキストを各層に委譲する設計が改めて明確化されました。Foundry IQの一部GA化、Fabric IQのエージェント向けセマンティックレイヤー整備、Work IQ APIsの2026年6月16日の一般提供予定、Web IQという外部Web向け新基盤の登場が、Build 2026の主要な発表です。
4 IQsを組み合わせて使う際には、Multi-Agent Workflowで役割を分担するパターンが想定されます。一方で、4層を統制するコントロールプレーンとして、Agent 365による識別・観測性・評価の整備が必要になります。各層の権限モデルが独立して動作する設計のため、業務単位での運用ポリシー設計が、エージェント開発の中心的な論点となるでしょう。
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